「ランド・オブ・プレンティ」へ贈るメッセージ
 
17歳の頃、ロサンゼルスにホームスティをしました。
私にとって初めてのアメリカでした。
アメリカの印象は豊かな大国、そして大量のものを消費する人々。
アメリカのスモールタウンでよく見かけるメインストリートのゲートを飾る看板のキーワード“Hello goodby”の言葉を思い出します。
まさしく通過するだけの街。けっして「こんにちは」「ようこそ」ではなく「こんにちは」そして「さよなら」をする国。そんな印象すらありました。
 
私は高校生の頃からいわゆる映画小僧でした。
県庁の近くの旧宮崎図書館で開かれる映画サークルに入って大人に交じってなまいきにも議論をしていたのを思い出します。
今でいう、ハリウッド系の映画ではなく、フランス映画、イタリア映画・・・それは混沌とした得体のしれないストーリーが多かったように思います。
19歳の頃、ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ・テキサス」に出会いました。
映像の美しさ、ロードムービーに釘付けになりました。
男女間、家族間の悲哀、切なさがまさしく大人の映画だったのです。
しかし、藤原新也氏(写真家)とヴィム・ヴェンダース氏との対談の雑誌を読んで改めて社会派映画だったことに気付かされました。
 
【「パリ・テキサス」のワンシーンにフリー・ウェイの架橋の上で発狂した男が叫んでいる。
このシーンを見たとき、ロサンゼルス近郊の12車線のフリー・ウェイに架かる陸橋の上から車がびっしり遠くまで延々とうずまって西陽に輝いていたのを見たとき、人類は早晩滅びるなと確信したよ。藤原新也氏談】
 
それから27歳で雑貨のお店を開いたとき、私は迷わず「パリ・テキサス」というネーミングにしました。
そして9/11、この大事件が起きた時、韓国のソウルにいました。仕事柄、国内外に出掛けることが多い私にとって初めての衝撃的な大事件だったのです。
 
そして「ラウンド・オブ・プレンティ」・・・巨匠ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ・テキサス」以来の最高傑作と前書きされているこの作品。
9/11以来、人類が何を考えどういう行動をとってきたのか・・・私はこの24年あまりの年月の結びつきに不思議な縁を感せずにはいられませんでした。
この映画が宮崎で上映されるにあたって、ぜひ「パリ・テキサス」として改めて宮崎の皆様にも平和についてそして、どんなに傷ついても人間としてこの世界で生きる素晴らしさを教えてくれるこの映画を通して、少しでも“何か”を感じ取って頂けたら。そしてとにかく観て欲しい、と思いこの度宮崎キネマ館の皆様とのご協力を得て、映画試写会の上映をすることになりました。
たくさんの皆様が少しでも興味を持ってくださって、応募してくだされば幸いです。(木村孝司)


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